忍者ブログ
玉川麻衣の作品、日記、展示等のお知らせです。  新しい作品はカテゴリー「ペン画1」に入っております。 個展 7月:八犬堂ギャラリー(京橋) 10月:ストライプハウスギャラリー(六本木)
[1035]  [1034]  [1033]  [1032]  [1030]  [1029]  [1026]  [1025]  [1024]  [1023]  [1022
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

(制作中は、興奮から眠りが浅くなるのか、妙に鮮やかな夢を見ます。
夢を元に、多少創作して遊んでみました。漱石「夢十夜」のまねっこです)


コーティング


夢を見た。


左方から赤ん坊が流れてくる。
ゆっくりと小刻みに停止しながら流れる、灰色のベルトコンベア。その上で、まだ目も開かない丸裸の赤ん坊が仰向けに、短い嗚咽のような息を洩らしながら蠢いている。
ひどく新鮮な皮膚。柔らかで頼りない骨格。全身の血液が透けたようなその赤。
こんなに無垢な肌は、ただ存在するだけで痛くてたまらないのではないかしら。


私の職場は大きな工場の一角にある。
小さな町くらいある敷地の外れに位置する一棟、小学校三つ分くらいの広さの、地上五階建ての建物。その地下二階の一室。地下何階まであるのか私は知らない。
作業場の天井は闇に紛れてしまうほどに高く、前後左右もまた視界に収め切ることが出来ない。
見渡す限り、金属板と管、歯車、滑車等が縦横無尽に巡っている。其処此処に小さな緑や赤のランプが点滅し、機械の作動音が反響する。
作業場所以外の電灯は最低限まで落としてあるのでよく見えないのだが、音の響き方から、かなりの広さであるように思われる。


私の持ち場は私一人である。
日勤の定時となり夜勤の人物と交代する時と、機械に不具合が起こった時にメンテナンス担当の人物がやってくる以外、この階で他の作業員と顔を合わせることはない。
九時から二十時が私の勤務時間である。夜勤の定時は二十時から八時で、八時からの一時間はメンテナンスのためラインが止まるらしい。
週五日、朝八時三十五分に着くように自転車で出勤し、ロッカールームで作業着に着替え、五十分までに持ち場に入る。
業務員用のエレベーターで地下二階へ降りるのだが、下降時間はやけに長く、一体どれほどの距離を降りているのか見当がつかない。
十二時からの四十五分間と十六時三十分からの十五分が休憩時間なのだが、私はそのまま持ち場で過ごしている。持参した弁当を食べ茶を飲み、本を読む。グミや干し梅などの菓子を口にすることもある。
工場内には休憩室や喫煙所もあるが、煙草は止めたし、わざわざ移動する時間も惜しいし、人と接するのは面倒だ。


赤ん坊が私の目の前に来た。
下にあるスイッチを押してベルトコンベアを一時停止する。椅子から立ち上がり、傍らの大釜に向かい、自分の背丈ほどの木箆を握る。 純白で甘い香のする液体を、底から大きく掻き混ぜる。濃度、光沢、滑らかさ、香り…いつも通りだ。抜かりはない。口元が自然にほころぶ。
私は赤ん坊を釜に投入した。


赤ん坊はゆっくりと沈んでゆく。
底に着いた頃合いを見計らって、木箆を動かす。底をこそげるように、ゆっくり丁寧に。箆や鍋肌で赤ん坊が傷付くことがないように。白い液体の表面に赤ん坊が浮かび上がりまた沈む。
繰り返すうちに、赤ん坊の真っ赤な皮膚は白みを帯びて、柔らかな薄桃色へと変化してゆく。
これでよし。
頃合いを見極めて赤ん坊を引き上げる。丁寧に迅速に木箆ですくい上げ、隣の作業台へ仰向けに寝かす。天井から伸びている蛇腹の筒が、三方向から緩い風を吹き付けている。
被膜が乾いて固まる前に手早く、綿棒でもって鼻孔と耳孔と唇を拭ってやる。閉じないように。瞼はまだいいだろう。
筒の角度をそれぞれ変えつつ、丁寧に迅速に赤ん坊を乾かしてゆく。
指の又、耳の後ろ、脇の下、尻の狭間…一通り乾いたら、塵取りくらいの大きさのステンレス製の箆を手に、赤ん坊を作業台から剥がしにかかる。
一番緊張する作業。赤ん坊の背を傷付けることがないように。コーティングが剥がれ落ちることがないように。
以上の作業を静かに抜かりなくこなし、赤ん坊をまたベルトコンベアに乗せてやる。
これでよし。
ベルトコンベアを再び作動させ、心なしか以前よりも穏やかになったような息を吐きながら運ばれてゆく薄桃色のつるりとした赤ん坊を見送りながら、息をつく。


これで大丈夫。君は外界の風に晒されてもひとまずは傷付くことがない。多少窮屈に感じるかも知れないが、なに、このコーティングは君が成長したら自然に剥がれ落ちてしまうよ。
何なら剥がして食べたっていいんだ。格別贅沢なものではないが、手に入る範囲で最良の、誠実なホワイトチョコレートとミルクで出来ているのだから。


全ての赤ん坊は護られるべきだ。 「世界は君を肯定しているよ」という甘やかな呪符。大人になってミルクチョコレートの味を忘れても、鼻孔の奥にその香りの記憶が残ればいい。
全ての赤ん坊をコーティングすることは到底無理だが、私の前に運ばれてきた赤ん坊には、全力で誠実に手際よく、それを行うつもりだ。

夢の中で私は赤ん坊コーティング技師であった。
私は自分の仕事に誇りを持っている。

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
実際、産道にはC技師がいるのかも
はじめて読みましたが、もう⑯ですか。

赤ちゃんは玉川さんの絵とも取れるような。
モノを作るってことは工程があって仕上げ
があって。

実際、笑龍とかにチョコ塗ってるわけでは
ないのですが(^^;)

15分ぐらいの動画にできそうですね。

大昔、大学の頃、冷凍食品の仕分けの
アルバイトをやっているとき、夢でも
せっせと仕分けして、よっしゃ終わった!
ってとこで目が覚めて朝・・・

・・・さ、バイト行くか!・・・って
やってたやん、終わったばっかやん・・
いまのも時給くれ~

ってのがありました。

どうでもいいですね(^^;)はは
れんたろう 2014/05/02()22:22:10 編集
プロフィール
HN:
玉川麻衣
年齢:
46
性別:
女性
誕生日:
1977/05/08
職業:
絵描き
趣味:
酒、読書
自己紹介:
ペン画を制作しています。 詳しくはカテゴリー「プロフィール」よりご覧下さい。

連絡先→tamagawa10@hotmail.com
ブログ内検索
カウンター
忍者ブログ [PR]


(Design by 夜井)