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鶴を捕る
夢を見た。
広くなだらかな丘。
細い草が整然と、斜線を引いたように生えている。
花札の「坊主」を細密画にしたような風景。
其処を駆け回って鶴を捕獲する。
無機質な印象の丘と対照的に、鶴は、瑞々しく力強く…
純白の翼が穏やかな陽に照らされて優しい色味の階調を作り、恐ろしいほどに美しい。
丘に立ち心を鎮めていると、視界の上縁を何やら白いものが滑るのを感じる。
見上げてもまだそれは不定形で。
待っているとやがて地表に影が落ちるので、それを追い掛ける。
途中で見上げるとそれはまた白く霧散してしまうので、地表を滑る鳥の形の影だけを見ながらただひたすらに追い掛ける。
そのうちに頭上に気配が感じられ、それは徐々に近付いて生々しく、恐ろしいようでもあり…
翼が空を打つ音、その羽毛の微細な襞に空気が唸る音までもが聞こえるように思われたところで、飛び付いて、足を掴む。
この瞬間の見極めが肝心なのだ。
か細い両足首を片手に掴んで引き寄せ、胴に腕を回し…
暴れる鶴を、傷付けないように、逃がさないように。
乱雑に扱うと、足や嘴がもげてしまう。
嘴や爪の攻撃から急所を庇いつつ、体全体で鶴を抱え込むように、炊きたての飯の塊を優しく結ぶように…
鶴を小さく丸く、収めてゆく。
結構な時間とあるだけの体力集中力を費やして、鶴を両手の平に乗るような、翼を広げた円形のメダルのような体裁に整える。
両手の間でぽんぽんと厚みを整えて、丘の片隅に広げられた巨大な布の上に、均等な間隔でもってぱちんと嵌め込んでゆく。
このような工程を繰返して、鶴の丸模様の風呂敷が出来上がるのだ。
夢の中で私は風呂敷職人であった。
結構な重労働でしたよ。えぇ。
こまごま詰め合わせ
①なまこ
二晩続けて同じ設定の夢を見た。
一日目。私の正体はなまこであった。
人として生活していても、時々なまこに戻ってしまう。
ぽてりと転がりながら、人の私は「やべっなまこになっちゃった」と焦るのだが、なまこの私は静かな喜びと穏やかな恍惚を感じているのだ。
二日目。更に赤なまこであることが判明した。
「赤なまこは美味いんだよな」と誇らしかった。
三日目。胡蝶の夢の故事を思い出した。
今夜もなまこだったらどうしよう。
いっそ本体がなまこだったらどうしよう。きゃっきゃっ。
…などと浮かれていたのだが、この夜の夢は覚えていない。
目覚めて妙に寂しかった。
思うにこの頃、疲れていたのだ。
②混ざりたい
鑑真和上像(唐招提寺の)と弥勒菩薩像(広隆寺の)とたぶん釈迦如来像が、揃いのサーモンピンクの毛糸の帽子とマフラーを着けて、和気あいあいと茶を飲む夢を見た。
茶請けはハッピーターンとゆかり煎餅だった。
目が覚めて、「こんな豪華キャスト、どうしよう」とそわそわした。
③確かにそれを備えていたのに
中学校に登校したら、会う人皆に「おはよう。背もたれのある玉川さん」と挨拶された。
私は自分が「背もたれのある玉川さん」であることに、一片の疑問も抱いていなかった。
目が覚めて少し経ち、自分には背もたれなど付いていないことに気が付いた。
ちょっとした喪失感を味わった。
憑きもの
夢を見た。
平和で豊かな温泉地、その山中に、年若い可憐な巫女がひとり住んでいる。
ある日巫女に懸想する青年がやって来て、何かしらの方法でもって彼女を眠らせた。
そこに物の怪が現れる。
白猫の頭から白い華奢な男性の腕が一本生えたもの。
桃色がかった白い鞠に猫の顔が付いたもの。
前者はその腕でけんけんをするように、後者は跳ねて、巫女に近付き吸い込まれるように…
憑いた。
修験者が現れて、私に「向こうの山の寺の住職に助けを求めに行け」と言う。
私は巫女の友人であるらしい
「こちらの山」と「向こうの山」は、廃屋のような建物の棟が隔てている。
下山して街を過ぎ、塵捨て場を抜けてブロック塀をよじ登り、崩れかけた瓦屋根を踏み越え、有刺鉄線を潜り…
降り立つと、隔てるものの向こう側には、小さな煤けた住居が並んでいる。
「こちら」の住居を二周りほど縮尺して三十年ほど古くしたような町並みは、がらんと静まりかえっているが廃墟ではないようで、息を顰めて身を縮めたような張りつめた気配に満ちていた。
道路を渡って山を登り、山門を潜る。
住職は奥の間に居るようだ。
その気配を強く感じながら寺に入ると、四五人の男性がまるで待ち構えていたように出てきて、何故か私を拘束した。
妙に手際よく一頭の黒牛と共に小さなワゴン車の後部に押し込まれ、発車。
連れて行かれた先は、何かの道場のようだった。
庭は綺麗に整えられて、薄紅の芍薬が咲いていた。
建物から二十人ほどの老若男女が出てきて、私の乗ったワゴン車を取り囲む。
運転手はいつの間にかいない。
人々は少し遠巻きに、さわさわと囁き交わし、小さく笑う。
顔はよく見えないが嘲られているようだ。
気付くと牛が死んでいる。
私は気持ちと力を振り絞って車の外へ出た。
裏山に、逃げ込まなくては。
夢中で走り出すと、何故か人々は道を開けた。
全力で走る。
繁った草や低木や枯れ木が体を打ち絡み付くが、痛みは感じない。
走るうちに、自分は逃げているのか追っているのか、よくわからなくなった。
ふと思う。
あの巫女を眠らせた青年は何処へ行ったのか。
ことによるとあの青年こそが物の怪であったのではないか。
あたりの風景が曖昧になる。
私自身も曖昧であるような心地になってくる。
私は何故彼処に居たのだろう。
あの美しい巫女の友人であったのか。
それとも憑いた物の怪であったのか。
何かを思い出しそうな心地になったのだけれど、その前に意識が曖昧になり、溶けた。
おそらくとても小さな猫
夢を見た。
とても小さな猫だった。
あまりに小さ過ぎて、どれほどの小ささであるのかを把握出来なかった。
案外と小さくないようにも思われた。
それはとても華奢で脆く思われたので、細心の注意を払って懸命に重湯を飲ませた。
死なせてはならない。
壊してはならない。
小さな茶匙で小さな口に、懸命に繰り返し流し込んだ。
それは満腹になったようだ。
蒸したての焼売のような風情でぽてりと大の字に寝転んでいる。
丸々と盛上った腹の、白い毛の合間から桃色掛かった肌色が透けて、赤子を思わせた。
覗き込んだら、小さくげっぷをして私に重湯を吹き掛けた。
そして得意気にひどくいやらしくにやりと笑った。
猫を拾って床に投げ付けた。
体が勝手に動いていた。
手の中のそれは、熱いくらいに温かく、頼りない水風船のようで、重湯で少しべたついていて…
灰色の床に当たると微かな飛沫を散らしてバウンドし、ゴム毬のように飛んで行った。
そしてすぐに見えなくなった。
その一瞬が焼き付いている。
床に当たって跳躍する瞬間の、その表情。
穏やかに眼を伏せて、口元には微笑を湛えるようにも見えて。
何も語らないことで多くを語るような。
猫はとても小さくて、おそらくはその小ささ故に、大きなものを思わせた。
あいつは潔いやつだったなぁ。
…と、今も時々、おそらく会うことのない友を思うように思い出す。
キャベツとトカゲと花
夢を見た。
広大なキャベツ畑の向こうに一軒の家。その向こうは地平線まで平坦な地面が拡がっている。キャベツと家の他には何もない。
家は立方体を二つ重ねて四隅に短い足を付けたような、高床式。
白と白銀と透明が基調で、無機質で几帳面な印象を受ける。
家の中へ入ると、一階の広い空間には何もなく、薄暗かった。
何処も彼処も真新しく、ひどく清潔だ。
天井の四分の一ほどが吹き抜けになり、上階からの灯りが洩れている。
二階は壁の一面が硝子になっていて、何もない庭とキャベツ畑、その先の何もない地面が見渡せる。
部屋にはやはり何もなくて、しかし煌々と照明に照らされている。
清潔な床一面に、柔らかく瑞々しいキャベツの葉が広げられていた。
作業着に麦わら帽子を被った人物が、農具を手に黙々と作業を続けている。
なにか「いいもの」を作っているのだそうだ。
無機質な空間の中の黄緑、その有機的な色調、若々しい生命力。
見とれていると、人物が悲しげな声を上げた。
トカゲが湧いたのだ。
白いプラスチックのような質感、全長三十センチ弱の目も口もないトカゲが無数に、音もたてずに這い回りキャベツの間に潜り込む。
視界一杯の黄緑の色調が音もなく蠢き、無機質な白が見え隠れする。
人物は、素早く手際よく、キャベツとトカゲを袋に詰めていった。
がらんと広い庭に、袋が五つ、真四角に形成されて、切り出された岩のように行儀よく並んでいる。
トカゲが湧いたキャベツはもう使えないので、廃棄処分にするのだそうだ。
窓辺に立って観察する。
半透明のビニール袋が透けて、キャベツの黄緑とトカゲの白が見える。
芽が出てきた。
袋を破って這い出す無数の蔓。
うねうねと蠢き、春キャベツのような質感の黄緑の葉が生じ、茂る。
蔓の成長が止まると、先端が細く白く変わり、蕾が付いた。
花が咲く。
白いプラスチックのような尖った花弁が五六枚。
海底に棲む生物が敵を威嚇するように鮮やかに開く。
いつのまにか日が暮れている。
昇ったばかりの月に照らされる無数の白い花。
物音ひとつしない。
美しいけど、ひどく空虚な眺めだった。
連絡先→tamagawa10@hotmail.com